宿題をやるから成績が伸びない?

query_builder 2015/04/02
算数全般
宿題

最近、新規のお客様からのお問い合わせでは、大抵「ブログを楽しみに読んでいます」と伝えられます。

塾講師があまり言わないけど、アドバンテージを得やすい思考の仕方、行動の仕方をこれからも提供し続けたいと思います。


今回は過激なタイトルです。

逆説的なフレーズですが、それについて書いていきます。

最近、受験ブログ以外でもよく目に付く釣りタイトルでは決してありません。


塾ではどうして宿題を出しているかを考えます。


  1. 勉強をさせるため
  2. 成績を伸ばすため
  3. とりあえず出している
  4. 会社(塾)のアイデンティティー


それぞれ書いていきます。

その前に宿題の定義を書きます。

具体的に解く問題を指示し、それを管理することにします。

管理無しならば、それはアドバイスの範囲でしょう。


では、まずは「勉強させるため」です。

これは違和感なく受け止められるかもしれませんが、私の中では疑問符だらけです。

管理されると、それが義務化してしまいます。

レベルが合っていないのに義務だからがんばっているお子様はとても多いと思います。


具体的に書きますと、例えば、宿題が10問出たとして、その中にレベルが合わない問題が4問あったとします。

その4問をどうするかということです。

義務化されると、簡単に飛ばせず、時間を割かなければならなくなるのではないでしょうか。

みんな頑張っている飛ばしたら力が付かないそう思ってしまう方も多いでしょう。


受動的に宿題をやっても成績は上がらないと思います。

自学自習は能動的になるべきだと思っています。

「ここを強くしたいから、これを特別にやってみようかな」というような余裕のある勉強が望ましいと思います。


とは言え、管理されないとまったくやらないお子様は、その旨を担当講師に伝えて、特別に管理してもらうといいと思います。

お子様それぞれが、各自、最も効果のある勉強をやることを主眼に置くと、「義務」という文字は違和感があります。


次は「成績を伸ばすため」です。

私の持論ですが、ほとんどの子どもは、課題を成果主義にしないと伸びないと思っています。

テストではありませんが、もちろん大人もです。


漢字を○回書く宿題のときに、想像を絶するような光景を目の当たりにしたことがあります。

「まず部首だけ書く」「まず、縦線部分だけ書く」…


目的意識のない宿題は成績が伸びません。

「目的意識をしっかり説明すれば?」となるかもしれませんが、成果主義を取り入れれば、簡単に解決すると思います。

「明日、漢字20個テストするから、それまでに覚えてきなさい」これだけで良いのではないでしょうか。

しかし上記の通り、この形式は宿題とは呼びません。

管理しませんので。

目で覚える、書いて覚えるなど自由裁量なので、具体的な指示もしていません。


算数も、次に解いたら解ける勉強の仕方と、次に解いても解けない勉強の仕方があります。

成果主義にしないと前者に移行できません。


次の「とりあえず」です。

乾杯の「とりあえず」ビールよりもたちが悪いです。

要するに何も考えてない講師です。

「授業でやれなかった問題は宿題!」というタイプです。


塾講師は、授業をしっかり組み立てるタイプもいれば、いい加減で出たとこ勝負のタイプもいます。

宿題に関しても、よく考えて計算して出しているタイプもいれば、とりあえず指示しただけというタイプもいます。

そんな講師滅多にいないというわけではありません。

案外います。


講師が「最小限で最大限の効果を発揮する宿題」を追求しない限り、時間はすごくかかるけど、力は付いているように思えないという悲鳴が聞こえてくることになります。

早稲田アカデミーは宿題が多いと聞きます。

それで苦労しているという話も聞きます。

不思議です。

どんどん力が付いて、「こんなに力をつけたら副作用が怖い?」という嬉しい悲鳴なら分かるのですが、苦労しているということは、思うように成績が伸びていないから、そういう声になるのだと思います。


それは、講師が「とりあえず」の宿題を指示しているから、やってもやっても伸びないのではないでしょうか。

宿題をやっても力が付かないは、常識的にはありえないはずです。

毎日プールで泳いでいたら、水泳は誰だって上手くなります。

塾の宿題も本来は同じことです。


「とりあえず」ビールとよりもたちが悪いと書いたのは、「とりあえず」宿題は、生徒が多大な犠牲になるからです。


「塾のアイデンティティー」です。

これは保護者が原因です。

保護者は、進学塾に面倒見の良さを求めます。

大手塾ではなく小規模塾を選ぶ方は、面倒見の良さを求めていると思います。

少人数クラスが良いと思っているのも、目が行き届くも含めて面倒が良くなりそうだからです。

例えば、

「宿題を出す講師」VS「宿題を出さない講師」

「宿題を点検する講師」VS「宿題を放置する講師」

「宿題をやらない生徒を叱る講師VS宿題をやらなくてもお咎め無しの講師」


いずれも前者が良いと思うはずです。

すると、進学塾は、会社の「社内ルールとして宿題を出す」という話につながっていくと思います。

講師が授業ごとに、今回はこれだけは身につけさせたいから「次回テストするから、覚えてきなさい」というのは良いですが、「会社のルールだから宿題を出す」というのを各講師が律儀に守ったらどうなるでしょう?

お子様が苦しむ状況になりがちです。


それでも、担当講師が真剣にお子様のことを考えて「ガンバレ、乗り越えろ!」と応援してくれているのならまだ良いと思いますが、社内ルールを守っているに過ぎません。


前職では「宿題の表紙」というものを、毎回、生徒に配付することという命令がありました。

省略して「表紙」だけで通じる不気味な空間でしたが、なにかというと、生徒さんがレポート用紙に宿題をやって、その「宿題の表紙」を表紙にしてホチキスで閉じて提出というものです。

簡単に言うと、必ず宿題を提出させろというものです。


先ほど、宿題の仕方が受動的になると、お子様は伸びないと書きましたが、これって講師にも言えないでしょうか?

能動的に出す宿題は、生徒の学力アップを目指した宿題になり、塾の社内ルールで出す宿題は受動的になり、お子様に好影響を与えない。


前述のように私は成果主義を好みますので「宿題の表紙」は最低限で配付して「このあたりから必要だと思う問題を解いて、復習テストで絶対に○点以上とってね♪」というものでした。

満点を取る自信があるならやらなくていいよとさえ言いましたが、真面目な子は想像以上にやっていましたし、不真面目な子は想定通りほとんどやりませんでした。


長い目で見て、成績上昇は、当たり前のことですが、宿題の中味よりも復習テストの結果の方が影響を与えていました。


成果主義は、努力したのに成果が出なかったというものは、ほぼ認めません。

成果主義が嫌いな人は、その理由として、成果主義だと努力の過程を評価しないからというものを挙げるはずです。

しかし、成果が出ない努力は、努力と呼んではいけない代物だと思います。


まとめます。

まず、宿題を疑ってください。

「本当にこの宿題をやったら伸びるの?」ということです。

塾で与えられるものだから、効果があるものに決まっているという考えは危険です。

与えられたものをコツコツ頑張ってもあまり伸びない子はたくさんいます。

そういう場合は、無駄を省き、補強したいところを手厚くという方向転換が良いと思います。


現在の宿題に納得して「これなら行ける!」と思われているのなら、それで良いと思います。

しかし、不安がある場合は、恐らく不安的中です。

中学受験経験・未経験関係なく、大人から見て疑問に感じる勉強なら効果のない勉強だと思います。

勉強のやり方は、塾の担当講師やいろいろな人から聞いて参考にすることは良いですが、最終的には、お子様の様子を見て、ご家庭で決めることになります。

クラスの大半には効果があっても、うちの子には合わないということもあり得ます。

言われた通りにしないと「塾の先生に叱られる」と思われる方もいると思いますが、そこまで信念を持って宿題を出している講師はほぼいない思います。