親の姿勢で中学受験が決まる

query_builder 2015/06/27
算数全般
家族

私がまだ若く未熟だったころ、生徒さんが質問に来たときに、きっと教え方が上手くなかったからのことだと思いますが、「結局、この式でできるんですね?」と言われたことがあります。 その生徒さんは、問題文を読んで「この数字とこの数字をたして、この数字で割れば答えが出る」というような覚え方を望んでいるのでしょう。

数値替えテストの弊害だと思いますが、そういう生徒さんは伸びません。


「算数=計算力」と言う人が増えてきたような気がします。

完全に違うわけではありませんが、その考え方も問題があります。

対話式スカイプでどっぷり一人の生徒さんに寄り添うと、計算力で点数は大きく左右するのは実感します。

計算結果の量感が湧かないために、変な答えが出ても違和感がない場合も計算力に含めます。


しかし、「算数は計算」と考えていると、文章題に書いてある数字をどういう計算で答えにすればいいかと考えてしまいがちです。

小学校の算数はできるけど、中学受験の算数は苦戦するお子様はこういうタイプが多いかもしれません。

小学校の算数は、文章が添え物になっているだけで、考えることなく計算を始められるのではないでしょうか。

中身がなくても見栄えだけはちゃんとしましょうねという、ちょっと恐ろしい思想のような気がします。


実は話が脱線して、まだ本題に入っていませんが、いよいよ入ります。

表題では「親の姿勢で中学受験が決まる」としていますが、素質、地頭、遺伝の話ではありません。

どちらかと言えば環境の話ですが、幼少期に何を与えたかとかハード面のことではありません。


幼少期と書いてしまいましたので、知能グッズに少し触れます。

どうして知能グッズを与えるのでしょう?

入試には出題されません。

知能グッズを扱うことによって、大きく育つ、思考力がつく、集中力がつく、などの効果を期待してのことでしょう。

どれくらいの効果があるかはだれも分かっていませんが、算数オリンピックなどの権威が「これは思考力を伸ばす」といえば、購買意欲が倍増してしまうかもしれません。

「算数脳」なんてついお財布のひもが緩みそうな素晴らしいネーミングの商品もありますし。


しかし、今回のブログではそういう行動は○とします。 いろいろなことをやって大きく育てるという考え方に賛同しているからです。

いろいろなことの中には有効なものも、企業の巧みな広告に乗せられてしまうこともあるでしょう。

しかし、受験勉強が本格化してくるとそういう余裕がなくなり、入試に出る問題をやる、出ない問題をやらないという思考になりがちです。


例えば、選挙の問題。

基本は「全投票数」÷(「当選人数」+1)+1の公式です。

これは当然身につけるべきですが、その応用となる「中間発表されている問題」の取り扱いについてです。

みくに出版には170校くらい学校が載っていますが、その応用問題が出題する可能性があるのは70校くらいかと思います。

各学校で平均2回受験機会(2次試験まで)があるとすると、140校の入試問題で、当たり年と言われていても3校くらいしか出題されないので、的中率は3÷140=2%くらいです。

出ない年なら0%です。 平均すると1%未満かもしれません。


1%未満のためににわざわざ時間を割いて、このような問題を理解するのかとなりますが、こういうときは保険の考えが脳裏をよぎります。

確率は低くとも出たら大変だから対策するというものです。

その考え方は正しいですが、それだけではありません。

良質な応用問題で脳を鍛えるという側面があります。

中間発表のある選挙問題は他に派生することのない、その問題を解くためだけのテクニックを習得するのですが、習得過程で、算数の応用力がついていきます。

「1%未満でも出題される可能性があるから取り組む」という姿勢ではなく、この問題を通じて学力を高めると捉えて欲しいのです。


よく、「そういう問題は入試に出るのですか?」と言われますが、閉口してしまいます。

無駄な勉強はしたくないという気持ちは分かりますが、「入試に出ない=無駄」とはなりません。


プロ野球選手はオフに水泳とか、テニスとか、ゴルフ(これはお遊び)をします。

ソフトバンクでは、今年大玉で戯れるキャンプシーンがクローズアップされました。

「この種目は野球の試合に出るのですか?」とはだれも思いません。

体のバランス感覚を養ったり、最近流行の体幹を鍛えるためだと思います。

入試に出るからそれを勉強するという考えももちろん必要ですが、それが100%ではダメだと思います。


スポーツで言うところの「体幹を鍛える」は算数にもあります。

最近、他所のブログで読んだことですが、小さなことでも楽しめるお子様が将来、豊かになる(心もお金も人間関係も)というものです。

ビンゴ大会など、いつの間にか目を三角にして25マスの数字の表をにらみつけていますが、そのような楽しむ感覚です。

その通りだと思いました。


慶応などの面接を重視する学校はそのあたりを見ていると思います。

体育実技を楽しむだけでなく、面接の会話を楽しでいるかどうかです。

学校の掃除とか給食当番などを楽しそうにやっている子は、本人が楽しんでいるだけでなく、将来、上司にかわいがられるのではないでしょうか?

日テレの上重君を想像してしまいます。


入試に出る問題をマスターすることを目標にするのではなく、問題を解くことを楽しめるお子様になることを目標にすると良いと思います。


「特殊算なんて中学以降では必要ないから、その学校で出題されるものだけやればいい」というフレーズをよく見ますが、その学校で何が出題されるかをどうやって判断するのか?という疑問以上に、いま必要かどうかということを、中学以降でやるやらないを基準に考えるのでしょうか?

やがては普通にすわれるからチャイルドシートはいらないとか、もっと言えば、哺乳瓶などもいらないことになってしまいます。


中学の数学で必要な抽象的な概念に算数で近いのは割合と比です。

しかし、特殊算(和と差に関する問題のことを特殊算と呼ぶことにします)を十分にやったあとでないと、割合と比の習得は難しいです。

塾のカリキュラムは、どうやったら効果が上がるか、学力がつくかというノウハウのもとに成り立っています(ときどき、奇想天外なカリキュラムの塾もありますが)。


高効率を求めたい、無駄を省きたい、志望校の過去問を意識しすぎることなどが、バランスの崩れた学習になり、逆に伸び悩むことにつながります。

「楽しめる問題を解いている」という意識で学習を進め、自然と学力が高まり、志望校に届くという形を目指した方が良いと思います。